1980年5月18には韓国の光州の市民達を後にクーデターで政権を取り大統領になる全斗煥/전두환の指令で戒厳令を敷いて、軍を動員して暴力的に弾圧した。光州市民は大学生を中心として果敢に軍隊を相手に戦ったが、100人以上の市民が亡くなる悲惨な事件となった。
この弾圧に対する戦いは5.18光州民衆抗争と呼ばれるが、この戦いの中で数々の抵抗歌/プロテストソングが民衆たちの中で歌われた。その中でも「根っこ派」最近はあまり資料が残っていない歌のひとつだ。しかしながら、光州民衆闘争を描いた韓国映画(タクシー運転手、光州5.17など)には、歌詞の違いはあれど必ずといっていいほどデモ隊が歌っている様子が描かれている。
原曲はアメリカの南北戦争のときに歌われたと言われる、When Johnny Comes Marching Home。
뿌리파/根っこ派 |
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作詞: 金芝河/김지하(?) * 우리들은 뿌리파다 좋다 좋아 같이 죽고 같이 살자 좋다 좋아 무릎을 꿇고서 사느니보다는 서서 죽기를 원한다 우리들은 뿌리파다 우리들은 뿌리파다 언론자유 수호하라 좋다 좋아 같이 죽고 같이 살자 좋다 좋아 무릎을 꿇고서 사느니보다는 서서 죽기를 원한다 언론자유 수호하라 언론자유 수호하라 우리들은 정의파다 좋다 좋아 같이 죽고 같이 살자 좋다 좋아 무릎을 꿇고서 사느니보다는 서서 죽기를 원한다 우리들은 정의파다 우리들은 정의파다 신앙자유 간섭마라 좋다 좋아 같이 죽고 같이 살자 좋다 좋아 무릎을 꿇고서 사느니보다는 서서 죽기를 원한다 신앙자유 간섭마라 신앙자유 간섭마라 자유민주 수호하자 좋다 좋아 같이 죽고 같이 살자 좋다 좋아 무릎을 꿇고서 사느니보다는 서서 죽기를 원한다 자유민주 수호하자 자유민주 수호하자 부정부패 일소하라 좋다 좋아 같이 죽고 같이 살자 좋다 좋아 무릎을 꿇고서 사느니보다는 서서 죽기를 원한다 부정부패 일소하라 부정부패 일소하라 * 繰り返し |
訳詩: * 我らは根っこ派、いいぞ、いいぞ 共に死に、ともに生きるぞ、いいぞ、いいぞ 膝まづいて生きるよりは 立って死ぬ方を望む 我らは根っこ派だ 我らは根っこ派だ 言論の自由を守れ、いいぞ、いいぞ 共に死に、ともに生きるぞ、いいぞ、いいぞ 膝まづいて生きるよりは 立って死ぬ方を望む 言論の自由を守れ 言論の自由を守れ 我らは正義派だ、いいぞ、いいぞ 共に死に、ともに生きるぞ、いいぞ、いいぞ 膝まづいて生きるよりは 立って死ぬ方を望む 我らは正義派だ 我らは正義派だ 信仰の自由に干渉するな、いいぞ、いいぞ 共に死に、ともに生きるぞ、いいぞ、いいぞ 膝まづいて生きるよりは 立って死ぬ方を望む 信仰の自由に干渉するな 信仰の自由に干渉するな 自由民主を守ろう、いいぞ、いいぞ 共に死に、ともに生きるぞ、いいぞ、いいぞ 膝まづいて生きるよりは 立って死ぬ方を望む 自由民主を守ろう 自由民主を守ろう 不正、腐敗、一掃せよ、いいぞ、いいぞ 共に死に、ともに生きるぞ、いいぞ、いいぞ 膝まづいて生きるよりは 立って死ぬ方を望む 不正、腐敗、一掃せよ 不正、腐敗、一掃せよ * 繰り返し |
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原曲の When Johnny Comes Marching Home by Dolly Parton
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